わしに逆らえないようになってるから~ ♪ しくよろ ~♪
(鷲=わし)
いや・・・・【平和安全法制】でいける?
(≧◇≦)あ~~~~~!!!!!ややこしい~~~~!!!!
どっちどっちどっち~~~~????
結局日本を守れるのか守れないのか~~~~!!!!???
も~~~~!!!ちまちまちまちま憲法かえんと~~~~
実際の現場が一番困っとるんじゃ~~~~~!!!!
(゚д゚)!はっ!!!取り乱しました・・・。
(;^ω^)あはは・・・。
尖閣諸島のことを【椅子取りゲーム】に例えてみると、
中国は、【鉄砲】をこっちに向けながら椅子の周りをグルグルしてて、
日本は、【鉄砲】を胸元にしまって椅子の周りをグルグル回っている・・・
(;^ω^)こんな感じで合ってますか~~~???
ほんで、スキあらば中国がサッと椅子に座る・・・。
こうなると、日本は専守防衛だから反撃できず、尖閣を取られる・・・。
もし、日本が先に椅子に座ろうとしたら、中国に撃たれる・・・。
日本は撃たれてから、鉄砲を取り出す・・・。
・・・・撃沈・・・・
(≧◇≦)おそいおそいおそいおそい~~~~!!!!
でも、【平和安全法制】があるから、どうなんだろう・・・????
あ~~~~~!!!!も~~~~~!!!!
考えるだけで頭がパンクする~~~~!!!!!
実際に自衛隊の方たちは、自衛隊を国防軍にすることを望んでます。
国防軍にすることで、出来ることが格段に変わるのです!
今は、指揮官が法律に照らし合わせて、やっていいことと、悪いことを常に考えながら指示しなければならない・・・。
していい事だけ決まっており、それ以外はしてはいけないという事です。
(@_@)なに??ポジティブリストって??
はい、普通の【軍隊】は「ネガティブリスト」を使います。
禁止されている事がいくつか決まっており、それを守ればあとは全部okという事です。
料理で例えると
【軍隊】が使う「ネガティブリスト」は ➡《このスーパーにあるもの全部使って料理していいですよ!しかし、毒物だけは入れないでね》
【自衛隊】が使う「ポジティブリスト」は ➡《このスーパーにあるものの中で、卵と納豆だけ使って料理してください》
(゚Д゚;)うっそ~~~~!?納豆卵かけご飯しか食べれないじゃ~ん!!
あ・・・・ご飯がない・・・・。(>_<)ショック~!!!
と、こんな風に、自衛隊であるがゆえに
両手両足を縛られて戦わなければならないのです。
これは、アメリカにとっても完全に足手まといです。
どんくさい味方は、有能な敵より厄介(やっかい)です。
(;^ω^)確かに、ヒーローもので、だいたい敵にやられるときは、
味方がチョンボした時ですね・・・。
(;´Д`)しか~も、日本の軍隊アレルギーは異常だよね・・・。
これも全部、戦後教育、マスコミのせいなんだよね・・・。
日本以外に【軍隊を持っていない国】は、東京23区より面積の小さな国や、資源のない小さな島々、国土のほとんどが氷に覆われているアイスランドなど・・・だけです。
(;´Д`)でも、憲法9条改正って、日本では禁句っていうか、言った瞬間に叩かれるよね・・・。
憲法改正については、手続きが厳しいアメリカでも18回、フランスは27回、カナダは19回、インドは98回、メキシコは211回も変えています。
日本と同じく占領軍に憲法を押し付けられたドイツは60回も改正していて、自分達の憲法に作り変えました。
【日本国憲法について面白い話があります】
日本国憲法が施行されてから、37年後の1984年、
メンバーの何人かに会って、当時の事を訊ねています。
このとき会った全員が、一様に言った言葉があります。
「えっ!君らはまだあれを使っているのか?」
彼らは、日本が40年近く経っても、自分たちが作った憲法を使っているとは夢にも思っていなかったのです。
しかも、憲法の専門家でもない素人の自分たちが、たったの1週間でまとめた【日本弱体化憲法】なのですから。
しかし、もっと驚くべきは、それからさらに36年経った今も、日本国憲法はそのままの状態だということです・・・。
・・・・(@_@;)恐るべし日本・・・・
なぜ、「憲法を変えなければならない」
という声が出ないのか?
それよりも前に、なぜ、日本人が他国に侵略されるかもしれない危機に鈍感なのか?
いや、それさえも知らない、知ろうとしないのか・・・?
それは・・・・
日本が戦争に負け、アメリカの占領軍によって
今までの【軍部主導の国】から【平和国家】に転換した。
この切り替えがあまりにも《鮮やか》だったために、
「戦争に負けても大したことはない」
という意識が日本人のなかに生まれた・・・ということなのでしょうか。
でも、なぜアメリカ軍は日本人を大量虐殺しなかったのか?
(-。-)y-゜゜゜2つ考えられます。
考えられる一つめは・・・
感銘したからではないでしょうか。
マッカーサーと初めて会談した時の事です。
その日、マッカーサーは、昭和天皇が《命乞い》をしに来たと思って、タバコをふかし、机に足をほおり投げ、椅子にふんぞり返って座っていました。
ところが、昭和天皇の口から想像していなかった言葉が・・・
【敗戦に至った戦争の、いろいろな責任が追及されているが、責任はすべて私にある。私の一身は、どうなろうとも構わない。どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい】と・・・・。
事実、昭和天皇は御前会議の場でも、基本的に閣僚たちの意見を聞いているだけで、
自らの意見を口にすることはなかった。
そして内閣の決めた事には、決して異議を挟まなかった。
軍部が天皇陛下の命令であるという体(てい)で国民を動かして、戦争に突き進んだというのが実態です。
《明らかに天皇に帰すべきでない責任を引き受けようとする》
《自分の命と引き換えに日本国民を助けて欲しい》
《日本国民を思う深い深い愛を知り、骨の髄(ずい)まで揺り動かされた》
おそらく会談中に昭和天皇の人柄に感服(かんぷく)したのでしょう。
マッカーサーの態度は、昭和天皇を出迎えた時とは全く変わっていました。
そして、虐殺されなかったもう一つの理由は・・・
戦争最後の半年間における神風特攻隊の存在や、
硫黄島(いおうとう)やペリリュー島で全滅するまで戦い抜いた兵士たちがいたから。
沖縄を守るため18万の兵士、2,000機の特攻機、戦艦大和も出撃し、
総動員して沖縄を守るために最後の力をふり絞って戦った・・・。
アメリカは、「この国民はいざとなったら命を顧みない(かえりみない)、日本人は死ぬまで立ち向かってくる」
という恐怖心があったのではないでしょうか。
日本を占領しても、日本人の心を変えなければ、彼らはいつでも立ち上がって逆襲してくる。一億全員が特攻隊になりかねない・・・。
多くの日本人が日本国を守るために、尊い命を捧げたからこそ、虐殺されなかった。
(゚Д゚;)だから、日本人の精神破壊をすることにした・・・。
【次回へ続く・・・】
しばしばまるも(>_<)
【参考文献】
「カエルの楽園」が地獄と化す日 著者・・百田尚樹 × 石 平
↓↓↓はてなスターをポチッとして頂けると励みになります(≧▽≦)!!
そして、「これ、面白い!役に立った!人に知ってほしい!」という場合、【はてなブックマーク】というものをポチッとしてもらうと、どうやら沢山の方に見てもらえるらしいのでよろしくお願い致します!
(`・ω・´)ゞいつもありがとうございます!!